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東京高等裁判所 平成11年(行ケ)78号 判決 1999年12月16日

原告

ルイ ヴィトン マルチエ

代表者社長兼最高執行役員

訴訟代理人弁護士

高松薫

岡本好司

鈴木銀次郎

中野通明

鈴岡正

上沼紫野

前田則政

同弁理士

被告

特許庁長官 C

指定代理人

主文

1  特許庁が平成8年審判第6576号事件について平成10年12月1日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  原告が求める裁判

主文と同旨の判決

第2  原告の主張

1  特許庁における手続の経緯

原告は、「TAIGA」の欧文字を横書きしてなり、18類「皮革 かばん類 袋物 携帯用化粧道具入れ」を指定商品とする商標(以下「本願商標」という。)について、平成5年4月6日に商標登録出願(平成5年商標登録願第34296号。1992年10月6日にフランス国においてなした商標登録出願に基づく優先権を主張)をしたが、平成8年1月17日に拒絶査定を受けたので、同年5月1日に査定不服の審判を請求した。

特許庁は、これを平成8年審判第6576号事件として審理した結果、平成10年12月1日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、同年12月24日にその謄本を原告に送達した。なお、原告のための出訴期間として90日が付加された。

2  審決の理由

別紙審決書の理由(一部)写しのとおり

3  審決取消事由の要点

審決は、本願商標から生ずる称呼及び観念の認定を誤った結果、本願商標は引用1商標及び引用2商標と称呼及び観念において類似する旨判断したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)本願商標と引用1商標との対比の誤り

審決は、本願商標と引用1商標から生ずる各称呼について、両者が「異なるところは末尾音「ガ」における長音の有無にすぎず、この差異は、末尾に位置するため、「ガ」の母音「a」の余韻の長さの僅かな差異という程度に聴取されるにすぎないから、両者をそれぞれ一連に称呼した場合には、彼此相紛らわしく聴取されるものといわざるを得ない」(審決4頁6行ないし10行)と判断している。

しかしながら、両者はいずれも少ない文字からなる商標であって、長音の有無の相違が称呼全体に与える影響が大きいから、両者は容易に聴別することができる。

また、審決は、観念について、本願商標と引用1商標の両者からはいずれも「虎」の観念が生ずるという趣旨の判断をしている。

引用1商標は極めて平易な英単語「TIGER」の英語読みの片仮名表示である。したがって、これから「虎」の観念が生ずることは当然である。これに対して、本願商標「TAIGA」は、はシベリア地方の大森林を意味するロシア語である。そして、このロシア語「タイガ」は、わが国においても中学校等で学習される地理学用語であって、取引者・需要者に親しまれているものである。したがって、本願商標からは「シベリア地方の大森林」の観念が生ずる。

この点について、被告は、本願商標を「タイガ」と発音するとき、極めて平易な英単語である「タイガー」を連想して「虎」を想起することは極めて自然なことである旨主張する。しかし、「タイガー」の英語表記が「TIGER」であることは広く知られていることであるから、「TAIGA」から「虎」の観念を生ずるというのは牽強付会である。

以上のとおりであるから、本願商標は引用1商標と称呼及び観念において類似する旨の審決の判断は誤りである。

(2)本願商標と引用2商標との対比の誤り

審決は、本願商標は引用2商標と称呼及び観念において類似する旨判断している。引用2商標は、極めて平易な英単語「TIGER」であるから、これから「タイガー」の称呼及び「虎」の観念が生ずることは明らかである。そして、この称呼及び観念が、本願商標から生ずる称呼及び観念と類似しないことは前記(1)のとおりである。

したがって、本願商標は引用2商標と称呼及び観念において類似する旨の審決の判断も誤りである。

(3)ちなみに、本願商標は特殊加工によって深緑色を呈する「タイガ レザー」と呼ばれる皮革を使用した極めて高級な皮革製品にのみ付されるものであって、著名なものである。そして、本願商標が付された高級品と引用1商標あるいは引用2商標が付された大衆商品とは、販売経路及び取引者・需要者を全く異にするから、取引の実情において本願商標と引用1商標とが混同されることはあり得ないのである。

第3  被告の主張の要点

原告の主張1及び2は認めるが、3(審決取消事由の要点)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。

1  本願商標と引用1商標との対比について

原告は、本願商標と引用1商標から生ずる称呼について、両者はいずれも少ない文字からなる商標であって長音の有無の相違が称呼全体に与える影響が大きいから、両者は容易に聴別することができる旨主張する。

しかしながら、引用1商標から生ずる称呼の末尾音「ガ」の長音は「ガ」の母音「a」の余韻として聴取されるから、「ガ」とその長音は一つのまとまりある音と認識されるというべきである。したがって、本願商標から生ずる称呼と引用1商標から生ずる称呼は、「ガ」の母音「a」の余韻の長さのわずかな差異という程度に聴取されるにすぎないから、「両者をそれぞれ一連に称呼した場合には、彼此相紛らわしく聴取される」とした審決の判断に誤りはない。

また、原告は、「タイガ」の語はわが国においても中学校等で学習される地理学用語であって親しまれているから、本願商標からは「シベリア地方の大森林」の観念が生ずる旨主張する。

しかしながら、たとえ「タイガ」の語が中学校等で学習される地理学用語であるとしても、これが本願商標の指定商品の取引者・需要者の間において広く親しまれているとはいえず、まして、欧文字で表記された「TAIGA」の語が広く親しまれている事実はない。一方、本願商標を「タイガ」と発音するとき、極めて平易な英単語である「タイガー」を連想して「虎」を想起することは極めて自然なことである。したがって、本願商標と引用1商標から生ずる観念は同一であるとした審決の判断にも誤りはない。

2  本願商標と引用2商標との対比について

本願商標と引用2商標とが生ずる称呼及び観念において類似することは、前記(1)と同様である。

3  原告は、本願商標は極めて高級な皮革製品にのみ付される

著名なものであって、本願商標が付された商品と引用1商標あるいは引用2商標が付された商品とは販売経路及び取引者・需要者を全く異にする旨主張する。

しかしながら、本願商標が単独で使用されている事実はなく、本願商標が著名である事実もない。

また、本願商標が付された商品と引用1商標あるいは引用2商標が付された商品とが販売経路及び取引者・需要者を全く異にする事実も存在しない。

理由

第1  原告の主張1(特許庁における手続の経緯)及び2(審決の理由)は、被告も認めるところである。

第2  本願商標と引用1商標との対比について

1  称呼について

原告は、本願商標と引用1商標とはいずれも少ない文字からなる商標であって、長音の有無の相違が生ずる称呼全体に与える影響が大きいから、両者は容易に聴別される旨主張する。

本願商標からはこれをローマ字読みして「タイガ」の称呼が生ずると解される。一方、引用1商標からは「タイガー」の称呼が生ずることは明らかである。そして、「タイガー」は「虎」を意味する児童でも知悉している極めて平易な英単語の片仮名表記であって、これが、末尾を「ガー」と明瞭に伸ばすことなく「タイガ」と発音される例がほとんどないことは、当裁判所に顕著である。

そして、本願商標と引用1商標がいずれもわずか3文字からなる商標であることに鑑みると、末尾の音が「ガ」で止まるか、「ガー」と伸ばされるかの差異が聞き逃されることは、全くあり得ないとまではいえないとしても、商標の類否判断においては無視できる範囲にとどまるということができる。

したがって、本願商標と引用1商標は、それぞれから生ずる称呼において類似しないと解するのが相当である。

この点について、被告は、引用1商標から生ずる称呼の末尾音「ガ」の長音は「ガ」の母音「a」の余韻として聴取されるから、「ガ」とその長音は1つのまとまりある音と認識される旨主張する。しかしながら、「虎」を意味する英単語が、末尾の「ガ」を「ガー」と明瞭に伸ばすことなく、「タイガ」と発音されることがほとんどないことは上記のとおりであり、したがってまた、引用1商標から生ずる称呼の末尾音「ガ」の長音は「ガ」の母音「a」の単なる余韻として聴取され、「ガ」とその長音は一つのまとまりある音と認識されるというのは、事実に反することといわざるを得ない。

2  観念について

(1)虎を意味する英単語が「TIGER」であることは極めてよく知られているから、本願商標「TAIGA」が、虎を意味する英単語であると理解されることはない。また、虎を意味する英単語の片仮名表記である「タイガー」が、末尾の「ガ」を「ガー」と明瞭に伸ばして発音されるものであることは前述のとおりであり、かつ、「TAI-GA」をローマ字読みした場合の「タイガ」の音に対応する語として、少なくとも「大河」はよく知られたものである以上、「TAIGA」が、仮に特定の観念を有するものとして理解されるとしても、虎を意味する英単語である「TIGER」のローマ字表記であると理解されることは、非常に考えにくいことである。

そうすると、本願商標から「シベリア地方の大森林」の観念が生ずるとの原告の主張の当否にかかわらず、本件商標から「虎」の観念が生ずることはないということができる。

(2)なお、本願商標から「シベリア地方の大森林」の観念が生ずるとの原告主張の当否を検討すると、次のとおりである。

a 甲第2号証によれば、F編「広辞苑」(株式会社岩波書店平成3年11月15日第4版発行)には「タイガ[taiga ロシア]シベリア地方に発達する針葉樹から成る大森林。地下には厚い永久凍土層がある。」と記載されていることが認められる。

b 甲第51号証によれば、Gほか著「改定新しい社会 地理」(東京書籍株式会社昭和59年2月10日発行)の22頁,23頁,99頁,107頁にはタイガに関する記載があることが認められる。

c 甲第52号証によれば、Hほか著「中学社会 地理的分野」(大阪書籍株式会社平成5年2月5日発行)の98頁にはタイガに関する記載があることが認められる。

d 甲第53号証によれば、Iほか著「中学生の社会科世界と日本の国土 地理」(中教出版株式会社平成2年1月15日発行)の26頁,98頁にはタイガに関する記載があることが認められる。

e 甲第54号証によれば、Jほか著「社会科 中学新地理」(株式会社帝国書院平成2年1月20日発行)の18頁,23頁,89頁,90頁にはタイガに関する記載があることが認められる。

f 甲第60号証によれば、K編「図詳エリア教科事典 第18巻」(株式会社学習研究社昭和63年10月1日発行)の21頁にはタイガに関する記載があることが認められる。

g 甲第61号証によれば、L編「学研 ハイベスト教科事典 世界地理」(株式会社学習研究社昭和61年10月20日改定新版発行)の44頁,45頁,252頁,320頁,403頁にはタイガに関する記載があることが認められる。

上記aの刊行物は広く一般に利用されている辞典であり、bないしeの刊行物はいずれも中学校の教科書であり、f及びgの刊行物は主として中学生を対象とする事典であると認められる。したがって、これらの刊行物に上記のような記載が存在することは、地理学用語としての「タイガ」が必ずしも特殊な語ではなく、通常の社会人であれば理解し得る範囲の用語であることを裏付けるものである。そうすると、本願商標からは「シベリア地方の大森林」あるいはこれに近似する観念も生ずるとみることには十分な合理性があるというべきである。

(3)被告は、本願商標を「タイガ」と発音するとき、極めて平易な英単語である「タイガー」を連想して「虎」を想起することは極めて自然である旨主張するが、これが採用できないことは(1)で述べたところから明らかである。被告の上記主張は採用できない。

(4)一方、極めて平易な英単語である引用1商標からは、「虎」の観念が生じ、それ以外の観念は生じないと認められるから、本願商標と引用1商標とは生ずる観念においても類似しないと解するのが相当である。

(5)以上のとおりであるから、本願商標は引用1商標と称呼及び観念において類似する旨の審決の判断は誤りである。

第3  本願商標と引用2商標との対比について

引用2商標は、極めて平易な英単語「TIGER」であるから、これから「タイガー」の称呼及び「虎」の観念が生じ、それ以外の称呼及び観念が生じないことは明らかである。そして、この称呼及び観念が、本願商標から生ずる称呼及び観念と類似しないことは前記第2と同様である。

したがって、本願商標は引用2商標と称呼及び観念において類似する旨の審決の判断も誤りである。

第4  よって、審決の取消しを求める原告の本訴請求は正当であるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日 平成11年10月28日)

(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 春日民雄 裁判官 宍戸充)

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